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虚無

頭が散らかっているのでとりとめもない文章でアウトプットします

◼︎ストレスをなるべく緩和させるために2

先が暗くなにも希望が持てない上に死ぬ気がないので、無駄にだらだらと生きているわけだけれども、辛くてやりきれない瞬間がたくさんある。未来だけでなく現在も過去も暗いので救いようがない。あまりにも悲惨なので、都合よく仏教観を取り入れて「こんなに辛いのは前世の重すぎるカルマを背負ってるからだ…」とか斜め上の責任転嫁をしたりする。でも自分で自覚している以上に前世や来世というものの存在を信じているみたいで、あまりにも辛いときは「来世の自分」の"設定"を妄想して気分の落ち込みに歯止めをかけることが多々ある。

最近は木になりたいと考えている。いずれは高級でしっかりした家具になる運命の木が一番いい。加工後の姿は箪笥やチェスト、キャビネット。物をとても大事にする人に買われていき、その家庭の様子を最低でも5代分は見届けたい。かなり古臭い習わしで今時そんなことする家庭があるのかはわからないけれど、嫁入り道具になって途中で置かれる家が変わるのも悪くないと思う。それか朽ち果てるまで絶対に人間に間引かれたりしないような環境に生えてる木がいい。年輪を重ねると共に蓄えていった森の知識を動物達に伝授したり、周りの草花や止まりにきた昆虫とたわいもない会話を楽しむ大木になりたい。また人間に生まれ変わることはあまり望んでいない、もう疲れた。

◼︎ストレスをなるべく緩和させるために

ストレスや不満がたまりすぎると変な欲求が生まれる。最近はとにかく全裸で走り回りたい。というか野生に還りたい…

行動の移さないのは理性を保っているしある条件下で自分の野性を解き放ちたいからなのだけれども、その条件っていうのが

・絶対に人に見られない

・文化的な景観の場所であること、欲を言うなら今普通に日常を送ってるこの町並みの中がいい

以上のどう頑張っても相容れない2つなのでなかなか難しい。どうせやるなら求めていた条件下で実行する方がいい。心の疲れを一度により多く吹き飛ばしたいわけだから。

 

なんとか実現できないかと日々考えていた矢先に家のガスが止まってしまって、数日間銭湯通いするはめになった。(元々情けない大人なのに給料日前ということで更に情けなくなっていたので代わりに払うとかできなかった…)

一口に銭湯通いといっても行く時間や定休日の事情があるから、日によっては最寄り以外の銭湯も利用していた。行き先の中の1つである24時間営業の銭湯は、あくまでも"古き良き"がベースになっているけれど、庶民テイストで庶民の手が届きやすいチープなエレガントさのある施設。脱衣所から浴場へ入る扉を開ければ、銭湯らしからぬ長い階段が出迎えてくれ、テレビの音声やドライヤーの音はエレガントなBGMに変わる。階段を上った先の浴場は結構な広さがあり、暖かいオレンジの照明が浴場全体を包み、庶民的かつシンプルではあるけどどこかエレガントさを感じさせる謎オブジェが中央にある。大抵蛇口の下に置いてある座椅子はここには存在せず、内装と一体化したスタイリッシュな椅子に腰掛けて身体を洗うことになる。でも洗面器はケロリン的なやつ。底が製薬会社の広告になってるやつ。外しワザ。そんな庶民的エレガント空間で心地いいエレガントBGMを聞きながら、エレガントな角度で仰向けになれるエレガントジェットバスでリラックスして悦に浸っているときに、ふと気がついた。

銭湯(特にここ)って、自分の野生に還りたい欲求を2つの条件と共に合法的に満たしてくれる場所なのでは...?

ただでさえこっちが求めてるレベルの発達した文化に溢れてる場なのに、この銭湯だとBGMまで流れてるし...。「絶対に誰にも見られない」という条件が満たされてないじゃないかと思われるかもしれないけれど、銭湯はその性質上裸であるということが当然なので、裸だからという理由で奇異の目で見られることがない。あるべき格好でいるだけなので、そこらへんで全裸になるときに心配する「誰かの目」が存在しない。これは誰にも見られてないのと一緒!!

それに気づいてからは気分はもう殺伐としたサバンナ生活に疲れて水浴びする虎。これからちょくちょく通います。ドレスコードが全裸っていう場所が全国に点在してる文化には感謝しかないね。

 

これに気づくまでは、誰かに見られたくない以前に「まずどうして人前で全裸になってはいけないのか」を考えていた。全裸で街に繰り出したっていう理由で警察のお世話になんかなりたくない。異性の性欲を掻き立てるパーツがむき出しになってたらNG、女性の乳に関して言えば厳密には乳首がアウトかな?(全く関係ないけどこういう記事思い出した)

それじゃあ公然に晒す猥褻物を上も下も消せば罪に問われないんじゃないのかな?問える罪なくない?と思ったけど、普通に考えて魔法でも使わない限り無理。と今ならちゃんと現実的に考えて即否定できるけど、ストレスだけでなく気持ちが塞ぎこみすぎている日はこれを否定せずに全裸ワールドの妄想で気を和らげていた。

そんなマジカル中性になるなら文化的な場所じゃなくて、空気の澄んだ高原がいい。毎日日の出の時間に起きて、白いペガサス(一番の友達。人間と同じ言語で喋る)と一緒にゆっくり昇っていく朝日を見つめる。白んできた空を渡る小鳥たちが降りてきて、一緒にハミングする。マジカル中性は食事を特別必要としないしうんこなんかしない。すっかり日が昇った頃には、うさぎやリスや羊たちと、ペガサスが飛んだあとにできる虹の軌道を追いかけて遊ぶ。疲れたらサファイアブルーの湖の湖を飲んで、湖畔に生えてる木からリンゴ(7色ある。色によって味が違い、次に眠ったときに見る夢の方向性にそれぞれ違った影響をもたらす)を取って食べる。毎晩焚き火を囲んでちょっとしたパーティーをする、このときに必ず食べるのはマシュマロ(ペガサスのうんこ)。みんな大好き焼きマシュマロ。羊から刈り取ったウールを使った布団一式で寝る。

こんな感じ。文化的な場所で野生に還ることに比べると面白みに欠ける生活っぽい...銭湯の可能性に気付けて本当によかった。

 

◼︎

継続的な幸福感を得ることができないので、刹那的な一瞬の幸福感を得るための行動に走りがちになってしまう。お金を使うことと何かを食べること。この2つをこじらせすぎて最近進んで外食をするようになってきたし、今までのように値段を気にして店を選ぶということをしない傾向がでてきた。食べたいときに食べたいものを食べるんや

アフタヌーンティーを一度嗜んだのをきっかけに、外で紅茶を飲むことにお金出すなら絶対にポットサービスがいいと思うようになった。元から紅茶は大好きであったけれど、ここ数ヶ月は軽くカフェイン中毒に陥っているのもあって特に紅茶を飲む量が増えた。どこの店もつけてくれる濃厚なミルクを入れて飲むミルクティーは本当においしくて、お金に余裕があるなら毎日でも飲みに行きたいくらい。

そういうわけにもいかないものだから、家でおいしいミルクティーを淹れるしかない。わざわざ某輸入食品店でPGtips買ってきたよ。割高なジャージー牛乳と砂糖をドバドバ入れたミルクティーのおかげで毎日の心の荒みが少し穏やかになっている。今はこういう一瞬の小さな幸せで自分を励ますしかない。

かわいいキャラクター

★必須条件

・媚びた顔をしていない

・全体的に丸いフォルムである

・造形が単純(例えるならPowerPointで作れそうな感じ)でかつ使われている色の数が極端に少ない

 

☆条件を満たしていてくれてると嬉しい

・一頭身、丸1つに顔と身体であれば尚良し

・足はあるけど手がない

・どこか虚無を湛えたように見える顔、表情

・人間と同じ言語は使わない

 

×NG

・ハッピー感ある黄色系統の色

・やたら面積を取るような大きさの目

・色数は少ないが装飾が多い

 

※どれくらいの大きさと設定されているかは問わない

 

今日みたいにやる気があっていろいろな活動ができる日がもっと増えればいい。
でもこの「いつもよりやる気があった」と言える日ですらまだだらけてる時間が多かった。やりたいことはたくさんある。活動を始めるときが重い腰を上げるなんて言葉と無縁であるようにしたい。それと集中力の問題...

今日かかりつけの病院に久しぶりに電話したら、「もっと近いところを探したほうがいい」と断られた。成人に発達障害を見てくれて一番近いと言える位置にある病院に電話をしても、電話は取ってもらえなかった。何度もかけ直すのもどうかと思ったので3回かけて諦めた。今は実質かかりつけの病院がないことになる。平日全てアルバイトに時間を取られるせいもあって通院を怠っていたのに、拒否された途端不安になってきた。どうしようか。

次のバイトを探している。
今のアルバイトは、長い拘束時間に見合わないほど条件が悪い。職場の人たちとこれからに繁忙期を共に乗り越えようとすること自体が、時間の無駄だということに気付いた。
辞めた大学で身につけたスキルを応用して職に就けるのだから、せめてスキルアップに繋がる職場に変えようと思っている。スキルのことを考えるのは結局お金のことに繋がるわけで、刹那主義ではあるのだけどそれでも将来のことを考えた収入の得方や使い方をしようとしているということ。
そう考える一方で、今の職場で働いている最中や求人広告を見ている最中に、ここまでして生きようとするに値する人生でもないよなってよく考えてしまう。

今朝、親と少し口論になったときに、「あんたにそんなこと言う権利あんのか?家にお金入れてからそういう口を聞きなさい」といったことを言われた。アルバイトの情けない給料からわずかばかりではあるけどお金を入れているのに、都合に合わせてそれがなかったことにされるのがとても悲しかった。私が毎月渡している金額は、「家に納めている」といううちに入らないとは思う。でもきっと、正社員としてたくさん給料をもらって今よりももっと多くの金額を家に納めても、同じ叱り方をされるのだろうなと思う。悲観的すぎる想像かもしれない。

毎日が楽しくなく、将来が全く見えてこず、目標などもなくただだらだらと生きていて、元から悲観的だった考え方を余計こじらせた。当たり前のことを当たり前にこなしてもああいう風に言われるのだからやりきれない。
去年、少しおかしい知人に「生きる価値がない」「何もできない」「お前は死んだほうが幸せになれると思う」といった言葉を何度も何度も投げかけられた時期があった。元々自尊心がない私の気持ちを折ることに対してとても効果的だった。
今の自分の生活を振り返る度に、投げかけられた言葉が何度も頭をよぎる。赤の他人に私自身を値踏みされる筋合いはないのはわかっているのだけど、あいつが言っていたことはあながち間違いじゃなかったのかもしれないと思ってしまうのがとても情けない。

生まれてこの方、他人から見ても頑張ったと言えることを成し遂げたことがなく、そして達成感を味わったことや成し遂げたぞという感情を実感したことがない。自信を付けて自尊心を培うということと無縁な人生だった。
これは頑張ったぞって思っても世間的には足りないので、当然褒めてもらえやしない。頑張るということの本当の形を知らない。悲しいけど。「何もできないやつ」というレッテルはどれだけ場所を変えても貼り直される。
「必死こいて働いてまでして生き続けても悲しいだけだし、頑張っても無駄という先入観が拭いきれない」ということを言い訳に、自分が悲しい気持ちになる原因を消すための行動を起こさない。これは大正解。
死にたいとかではなく、楽な気持ちで生きていきたい。本当は自分自身や人生に価値を見出したい。どうしたら悲しくなくなるのか知りたい。でもそこまでして生きる意味はあるのか?でも、でも...無限ループ。

まずは「でも」をやめないといけないなと思う。

買ったもの

図解 日本の性風俗

図解 日本の性風俗

女子大生風俗嬢 若者貧困大国・日本のリアル (朝日新書)

女子大生風俗嬢 若者貧困大国・日本のリアル (朝日新書)


かなり長いこと読書なんかしてないのだけど、教養がないのでネット上からじゃなくて書籍で社会学に触れないといけないなと思って、地元の駅の小さい本屋で物色して購入を決めたのはこの二冊。
「日本の性風俗」から読み始めた。
興味のある切り口から入らないと(主に集中力の問題で)こういうのは読み切れない...
大学のビジネス化や奨学金サブプライムローンめいてる現状についていろいろ考えてたんやけど、その点についても触れられているみたいなので丁度よかった。

数ヶ月前からようやく映画を見ることに面白さを見出したので、週末は必ず最低1本は見る感じで習慣付けていこうとしている。
バイトから帰宅したら、疲れとよくわからない無気力状態に陥ってなにもする気が起きない、即寝る
そんな時間の使い方をしてしまっているせいで、「時間がない」と思い込んでしまってるのは良くない、そういう自覚はあるんや...自覚だけ...
行き帰りの電車も寝るための時間 。週末に読書もしーの映画も見ーのってできるかな。
本当はもっともっとやりたいことがある。時間ないし体力がなさすぎるからよく寝る。無気力状態に抗えない。
底辺生活に陥る連鎖が断ち切れない...生活にハリがなさすぎて常に悲しい...

ブロブ

ぷるっとした塊


はてなブックマークしか使わないこと前提で適当なIDで登録したことを後悔している。
hatekun57ってさぁ...

頭のなかで思っていることが、言語としてごちゃごちゃしているのでブログでアウトプット。
マシにならなければやめる。
話す相手が全然いないから多分余計にごちゃつきやすくなっているのかもしれない。