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虚無

頭が散らかっているのでとりとめもない文章でアウトプットします

次のバイトを探している。
今のアルバイトは、長い拘束時間に見合わないほど条件が悪い。職場の人たちとこれからに繁忙期を共に乗り越えようとすること自体が、時間の無駄だということに気付いた。
辞めた大学で身につけたスキルを応用して職に就けるのだから、せめてスキルアップに繋がる職場に変えようと思っている。スキルのことを考えるのは結局お金のことに繋がるわけで、刹那主義ではあるのだけどそれでも将来のことを考えた収入の得方や使い方をしようとしているということ。
そう考える一方で、今の職場で働いている最中や求人広告を見ている最中に、ここまでして生きようとするに値する人生でもないよなってよく考えてしまう。

今朝、親と少し口論になったときに、「あんたにそんなこと言う権利あんのか?家にお金入れてからそういう口を聞きなさい」といったことを言われた。アルバイトの情けない給料からわずかばかりではあるけどお金を入れているのに、都合に合わせてそれがなかったことにされるのがとても悲しかった。私が毎月渡している金額は、「家に納めている」といううちに入らないとは思う。でもきっと、正社員としてたくさん給料をもらって今よりももっと多くの金額を家に納めても、同じ叱り方をされるのだろうなと思う。悲観的すぎる想像かもしれない。

毎日が楽しくなく、将来が全く見えてこず、目標などもなくただだらだらと生きていて、元から悲観的だった考え方を余計こじらせた。当たり前のことを当たり前にこなしてもああいう風に言われるのだからやりきれない。
去年、少しおかしい知人に「生きる価値がない」「何もできない」「お前は死んだほうが幸せになれると思う」といった言葉を何度も何度も投げかけられた時期があった。元々自尊心がない私の気持ちを折ることに対してとても効果的だった。
今の自分の生活を振り返る度に、投げかけられた言葉が何度も頭をよぎる。赤の他人に私自身を値踏みされる筋合いはないのはわかっているのだけど、あいつが言っていたことはあながち間違いじゃなかったのかもしれないと思ってしまうのがとても情けない。

生まれてこの方、他人から見ても頑張ったと言えることを成し遂げたことがなく、そして達成感を味わったことや成し遂げたぞという感情を実感したことがない。自信を付けて自尊心を培うということと無縁な人生だった。
これは頑張ったぞって思っても世間的には足りないので、当然褒めてもらえやしない。頑張るということの本当の形を知らない。悲しいけど。「何もできないやつ」というレッテルはどれだけ場所を変えても貼り直される。
「必死こいて働いてまでして生き続けても悲しいだけだし、頑張っても無駄という先入観が拭いきれない」ということを言い訳に、自分が悲しい気持ちになる原因を消すための行動を起こさない。これは大正解。
死にたいとかではなく、楽な気持ちで生きていきたい。本当は自分自身や人生に価値を見出したい。どうしたら悲しくなくなるのか知りたい。でもそこまでして生きる意味はあるのか?でも、でも...無限ループ。

まずは「でも」をやめないといけないなと思う。